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法律コラム

2025年03月

無題

ここのところ、スムーズに進まない案件が多くて、いささか困っています。ただ、自分の力でどうこうできる部分はとても限られているので、こつこつやるよりほかありません。
思い通りにならなかったり、不運が重なることは日常茶飯事ですが、そこをどう処していけるのか、そこで真価を問われている気がします。
こんな私でも、困難な経験から、あるいは書物から、そうした時の対処方法について色々と学びました。今回は、そうした話をしたいと思います。内容的には矛盾しますが、2つほど。
1つは、たとえゆっくりとではあれ、決して足を止めてはならないということです。足を止めたら、固まって動けなくなってしまうかも知れない。音楽が鳴っているうちはステップを踏み続ける。そうすれば少しづつでも物事を動かしていくことができるし、それが結果として改善に繋がるかも知れない。少なくとも、何とか前を向くよすがにはなる。
もう1つは、つらい時には足を止め、ゆっくりと休んで、たっぷりと水を飲んでもいいんだということです。他人からどう見えようと、ゆっくり休んで自分で自分を大切にしてやる。それで力が戻って、また歩こうという気持ちになれたら、またゆっくりと歩き出せばいい。限界まで無理をすると、回復するまで余計に時間がかかりますし、場合によっては自分を壊してしまいかねません。スポーツの怪我と同じように。
そんな風に考えるようになったのも、それなりに歳を取ってきたからかも知れません。若い時は、もっと性急で、もっとはっきりした、もっと強気で生硬な価値観で生きていたような気がします。でも、色んな経験をして、それではもたないと自分で分かってきたわけです。
仕事柄、傷ついている人を見ることが多々あります。心を病んでしまっている人も少なくありません。特に若い人たち。とても気の毒だし、何とかしてあげたいとも思います。でも、我々に出来ることなんて限られています。彼ら彼女らに必要なのは、一過性のサポートではなくて、より息の長い人生の指針のようなものです。それは頭で理解するものではなく、身に染みてスッと体に入るものでなくてはならないし、他者からもたらされるようなものではありません。自ら掴み取る必要のあるものです。
他方で、傷ついている時には、余り性急にそれを癒やそうとしないことも場合によっては必要だと感じています。結局のところ、時間にしか癒やせない傷がある。自分で努力しても、他人が働きかけても、しかるべき時間をかけなければ乗り越えられない物事がある。少しずつ受け容れ、ゆっくり整理し、しかるべきところに何とか納め、そうして乗り越えていく必要があります。それは、その時にはとても辛いことです。苦しみが永遠に続くのではないかとも感じます。でも、きっと何時かは乗り越えられるのだと信じて、ぐっと我慢するしか方法はありません。それを抱えて日々を何とか過ごしていく。そして、ある時、ふと何とか乗り越えられたことに気づきます。そして人生の景色が少し変化したことにも気づきます。
答えはありませんが、そうして生きていくしかないんでしょうね。